抜歯を伴うマウスピース矯正装置で上下顎前突(口ゴボ)を改善した症例

2026.07.17

この記事で分かること 

  • 歯並びは整っているのに口元が前に出て見える理由 
  • なぜこの症例では抜歯が必要だったのか 
  • 抜歯を伴うマウスピース矯正装置が難しいと言われる理由 
  • この症例でマウスピース矯正装置を選択できた理由 
  • アンカースクリューや顎間ゴムが果たした役割 
  • 矯正治療によって横顔がどのように変化したのか

口ゴボで抜歯が必要と言われたけれど、マウスピースで矯正はできる?  

一般的に、抜歯を伴うマウスピースによる矯正は難易度が高い治療とされています。特に、歯並びのガタつき(叢生)がほとんどない上下顎前突(口ゴボ)の症例では、前歯を大きく後方へ移動させる必要があるため、慎重な診断と治療設計が必要です。 

今回ご紹介するのは、歯並びは整っているにもかかわらず、口元の突出感と横顔に悩まれていた25歳女性の症例です。精密検査の結果、上下左右4本の小臼歯抜歯に加え、アンカースクリューや顎間ゴムを併用したマウスピースによる矯正でも治療可能と判断しました。

その結果、口元の突出感だけでなく、横顔のバランスや口唇閉鎖のしやすさも改善することができました。 なぜ、一般的には難しいとされる抜歯症例で、マウスピースが選択できたのでしょうか。 

この記事では、セファロ分析による診断のポイントや治療計画、実際の治療経過を交えながら、その理由を分かりやすく解説します。 

上下顎前突(口ゴボ)とは 

上下顎前突(じょうげがくぜんとつ)とは、上下の前歯や口元が前方へ突出して見える状態で、一般的には「口ゴボ」と呼ばれることもあります。

「歯並びが悪いから口元が出ている」と思われがちですが、実際には前歯の位置や傾き、歯槽骨の形態、骨格とのバランスによって生じることも少なくありません。 

口元が前方へ突出すると、 

  • 横顔のバランスが気になる 
  • 口が閉じにくい 
  • 口唇を閉じる際に顎へ力が入りやすい 

などのお悩みにつながることがあります。治療法は原因によって異なります。非抜歯で改善できる症例もあれば、前歯を十分に後退させるために抜歯が必要となる症例もあります。 

今回の患者さまについて 

今回ご紹介する患者さまは、歯並びは整っているにもかかわらず、口元の突出感と横顔を気にされて来院された25歳女性です。 

一見すると歯並びは整っており、奥歯の咬み合わせにも大きな問題はありませんでした。 しかし横顔を見ると、上下の口唇が前方へ突出し、口元全体が前に出た印象を与えていました。

また、自然に口を閉じることが難しく、口唇を閉じようとするとオトガイ(顎先)の筋肉に緊張が認められました。

見た目だけでは口元が突出している原因を正確に判断できないため、セファロ分析(頭部X線規格写真)を用いて詳しく診断を行います。 

症例プロフィール 

主訴:出っ歯、横顔が気になる
初診時年齢:25歳 女性 
診断名:歯槽性上下顎前突(Angle ClassⅠ)
主訴:口元の突出感・横顔をきれいにしたい  
治療方法:マウスピース矯正装置(インビザライン)
抜歯部位:上下左右小臼歯4本  
補助装置:アンカースクリュー・アタッチメント・顎間ゴム 
治療期間:約2年 
費用:¥968,000(税込¥1,064,800)
リスク・副作用:痛み、歯根吸収、歯肉退縮、虫歯、後戻り

初診時の状態

精密検査では、次のような所見を認めました。 

  • 奥歯の咬み合わせはAngle ClassⅠ 
  • 歯並びのガタつき(叢生)はほとんどない 
  • 上下前歯が著しく唇側へ傾斜している 
  • 上下口唇がEラインより前方に位置している 
  • 自然な口唇閉鎖が困難で、オトガイ筋の緊張を認める 

分析結果より、上顎はやや前方に位置し、オトガイ部は後退傾向がみられ、骨格性Ⅱ級傾向・上下前歯はいずれも著しく唇側に傾斜・上下口唇の突出と診断いたしました。

本症例においては、骨格性Ⅱ級傾向を認めたものの、口元の突出の主因は上下前歯の唇側傾斜と判断し、奥歯のかみ合わせを大きく変えずに前歯の歯軸(傾き)および口元・横顔のバランスを改善することを治療目標とし、治療を開始することとしました。 

なぜ抜歯が必要だったのか 

「歯並びはきれいなのに、なぜ歯を抜く必要があるのですか?」これは、今回の患者さまからもご質問があったポイントです。

今回の抜歯の目的は、歯を並べるスペースを作ることではありません。口元を後退させるためのスペースを確保することでした。前歯を十分に後方へ移動させるには、歯の後ろにスペースが必要です。

そのため本症例では、上下左右4本の小臼歯を抜歯し、そのスペースを利用して前歯を後退させる治療計画を立てました。 

なぜこの症例ではマウスピース矯正装置を選択できたのか 

一般的に、抜歯を伴うマウスピース矯正装置(インビザラインなど)は難易度が高い治療とされています。 

マウスピースは歯全体を覆い、装置が元の形に戻ろうとする弾性を利用して少しずつ歯を動かします。そのため、歯を「押して動かす」ことは得意ですが、ワイヤー矯正のように歯をしっかり引き込みながら細かくコントロールする治療は比較的苦手とされています。 

特に抜歯症例では、これらを同時に行う必要があります。  

  • 抜歯スペースを利用して前歯を大きく後方へ移動させる 
  • 奥歯が前方へ動かないよう固定する(アンカレッジの維持) 
  • 前歯の歯根の向きまでコントロールしながら後退させる 

 さらに今回のように歯並びのガタつき(叢生)がほとんどない症例では、治療の難易度はさらに高くなります。歯並びにガタつきがある症例では、歯列を整える過程そのものがスペースの閉鎖につながります。

一方、本症例のようにもともと歯並びが整っている場合は、そのような「自然にスペースが閉じる力」が期待できません。つまり、抜歯スペースをすべて前歯の後退だけに利用しなければならず、前歯と奥歯の動きをより正確にコントロールする必要があります。

そのため、このような「叢生が少ない抜歯症例」は、マウスピースによる矯正の中でも特に難易度が高い症例と考えられています。 

それでも本症例では、精密検査の結果からマウスピースでも十分対応可能と判断しました。その理由をご紹介します。 

判断のポイント①: 歯根の位置の評価からマウスピース矯正で対応できると判断した 

セファロ分析とX線写真から、上下前歯は前方へ傾斜していました。一方で、前歯の傾きを改善しながら後方に移動させることで、治療目標を達成できると判断しました。一般的にマウスピースが苦手とされる「大きな歯根移動」が少ない症例であったことが、治療法を選択する重要なポイントでした。 

判断のポイント②:アンカースクリューで固定源を確保した 

前歯を後方へ移動させると、その反作用で奥歯も前へ動こうとします。これをアンカレッジロスと呼びます。

アンカレッジロスが起こると、抜歯して得られたスペースが前歯の後退ではなく奥歯の移動に使われ、口元の改善量が不足してしまいます。

本症例ではアンカースクリューを固定源として使用し、奥歯の不要な移動を防ぐことで、抜歯スペースを効率よく前歯の後退に利用できる治療計画としました。 

判断のポイント③:アタッチメントを活用し、前歯の細かなコントロールを行った 

マウスピース矯正装置では、歯の表面に装着するアタッチメントが治療精度を大きく左右します。今回の症例では、前歯の傾きや歯根の動きを細かくコントロールするためにアタッチメントを適切に配置し、計画どおりに歯を移動できるよう設計しました。 

判断のポイント④:ボーイングエフェクトを防ぐため、咬み合わせを細かく管理した 

抜歯症例のマウスピースによる矯正では、ボーイングエフェクト(Bowing effect)にも注意が必要です。

ボーイングエフェクトとは、歯列全体が飛行機の翼のように弓なりにたわみ、前歯と奥歯の高さのバランスが崩れる現象です。その結果、前歯が先に接触し、奥歯が十分に噛み合わないなど、咬み合わせが不安定になることがあります。 

本症例では、マウスピースの設計の段階から歯列全体の高さのバランスを考慮し、顎間ゴムを併用するとともに、定期的に咬み合わせを確認・微調整しながら、ボーイングエフェクトを防ぐよう慎重に治療を進めました。 

矯正治療では歯を後ろに動かすことだけでなく、上下の歯が最後までしっかり噛み合う状態を維持することも重要です。そのため、歯の前後的な移動だけでなく、歯列全体の高さや咬み合わせの変化にも注意しながら治療を行いました。 

 判断のポイント⑤:患者さまの協力度も重要だった 

マウスピースによる矯正は、歯科医師の治療計画だけでは成功しません。 1日20〜22時間の装着時間や、顎間ゴムの使用など、患者さまの協力が治療結果を大きく左右します。 

本症例では、患者さまの治療への理解と協力度が高く、計画どおりに治療を進めることができました。 

この症例でマウスピースによる矯正を選択できた理由 

  • 歯槽性上下顎前突であり、骨格的な問題が主体ではなかった 
  • 歯根の位置を評価した結果、大きな歯根移動ではなく前歯の傾斜改善が主体の症例だった 
  • アンカースクリューで固定源を確保できた 
  • アタッチメントを併用し、前歯の細かなコントロールが可能だった
  •  顎間ゴムを併用し定期的な咬み合わせ管理を行えた 
  • 患者さまの高い協力度が得られた 

重要:すべての口ゴボ症例がマウスピースで矯正で治療できるわけではありません 

すべての上下顎前突(口ゴボ)がマウスピースで矯正で治療できるわけではありません。

骨格的な前突が強い症例や、大きな歯根移動が必要な症例では、ワイヤー矯正や外科的矯正治療が適している場合もあります。

どの治療法が適しているかは、セファロ分析や歯根の位置、必要な歯の移動量を総合的に評価したうえで判断することが重要です。 

治療経過 

治療前

治療途中(治療開始から1年経過時)

上顎第一大臼歯近心にインプラントアンカーが埋入されています

治療終了

治療が進むにつれて、抜歯スペースを利用して前歯は計画どおり徐々に後方へ移動しました。それに伴い、口元の突出感が改善し、上下前歯の傾きも理想的な位置へ近づきました。 

また、自然に口を閉じやすくなり、口唇閉鎖時にみられていたオトガイ(顎先)の緊張も軽減しました。 

治療結果

治療前後を比較すると、歯並びだけでなく、口元や横顔の印象にも大きな変化が認められました。 特に、 

  • 前歯の前方傾斜が改善したこと 
  • 口元の突出感が軽減したこと 
  • Eラインとのバランスが整ったこと 
  • 自然に口を閉じられるようになったこと 

により、機能面だけでなく審美面でも良好な結果が得られました。 

セファロ分析においても、前歯の傾斜角度や口唇の位置が改善し、治療計画どおりの歯の移動が達成できたことを確認しています。  

院長より

『口ゴボだからマウスピースで矯正は難しい』
『抜歯が必要ならワイヤー矯正しか選べない』
と思われている方は少なくありません。確かに、抜歯を伴うアライナー矯正は難易度の高い治療です。

しかし、すべての症例に同じ治療法が適しているわけではありません。今回の症例では、セファロ分析やレントゲンなどの精密検査をもとに詳しく評価した結果、マウスピースによる矯正でも治療可能であると判断しました。 

矯正治療で最も大切なのは、『どの装置を使うか』ではなく、『その患者さまにとって適した治療法を選択すること』です。当院では、歯並びだけでなく、横顔や口元のバランス、機能面まで考慮した治療計画をご提案しています。 

『自分もマウスピースで矯正できるのだろうか』
『抜歯が必要と言われたけれど、本当にそれしかないのだろうか』
とお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。

口ゴボ(上下顎前突)の矯正でよくある質問

矢野晋也 歯学博士/SHIN矯正歯科院長

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