ワイヤー矯正と聞くと、銀色がギラッと目立つ装置をする方も多いはずです。その印象のため、矯正装置=目立つというイメージを持たれがちです。しかし、ワイヤー矯正は、目立つデメリットだけでなくメリットも多い治療法です。ワイヤー矯正に対して抵抗感がある方も、一度、メリットデメリットを知った上で選択できるといいかもしれません。
ワイヤー矯正って?
ワイヤー矯正とは、歯一本一本に装着する「ブラケット」と、ブラケット上に通す「ワイヤー」の力を用いて行われる矯正治療のことを指します。この治療法は「マルチブラケット法」ともいわれ、矯正治療の最もベーシックな治療方法といえます。ワイヤー矯正の特徴として、どんな歯並びにも対応することができる点が挙げられます。
ワイヤー矯正で歯が動く原理
歯は“同じ方向に持続的な力を加え続けると、少しずつ力の加わった方向に動く”仕組みになっています。つまり、ワイヤーによって持続的な力をかけ続けることで歯を動かせます。
- ①歯茎が貧血状態になる
ワイヤーによって、歯を動かしていきたい方向に力を加え続けると、その方向の歯茎が貧血状態になります。
- ②ホメオスターシスという機能が働き始める
貧血状態は体にとっては正常ではない状態なので、この状態になると体を正常な状態に戻そうとする「ホメオスターシス」という機能が働きます。
- ③歯骨細胞が出現し、骨を溶かし始める
ホメオスターシスが働くと、持続的な力によって圧迫された歯槽骨(歯を支える骨)に、貧血状態を正常の状態に戻そうとする「破骨細胞」という細胞が出現し、骨を溶かし始めます。
- ④骨芽細胞という細胞も出現し、歯槽骨をつくる
骨が溶けるだけだと歯槽骨がどんどん減っていき、歯がグラグラしたり抜けてしまいます。そうならないために、力が加えられた「逆の場所」には歯槽骨を新たにつくる「骨芽細胞」という細胞も出現して歯槽骨をつくるよう働きかけ、歯槽骨が減り続けないようバランスをとっていきます。
このように、歯が動く原理としては、一方が歯槽骨を溶かし一方が歯槽骨を作るのを繰り返しながら動いていきます。
矯正治療で使用するワイヤーは、「形状記憶合金」といって力を加えても元の形に戻る性質をもつ素材を使用しています。したがって、バネに力を加えてもまた元に戻ろうとする力が働くように、ワイヤーが元に戻ろうとする力を利用して歯に力をかけていきます。
ワイヤー矯正のメリット
- どんな歯並びにも対応できる
ワイヤー矯正は、どんな歯並びにも対応することが可能です。(外科手術を伴う場合を除く)例えば、マウスピース矯正は抜歯を伴う症例にはあまり適さないと言われる場合もありますが、ワイヤー矯正では抜歯を伴う治療にも十分対応できます。その他の複雑な症例にも対応することが可能です。そのため当院ではマウスピース矯正装置とワイヤー矯正を併用することがあります。
- 細かい調整ができる
矯正治療が終盤に差し掛かると、患者さんは細かい部分が気になり始めます。右側の方が、当たりが強い気がする…前歯がほんの少し曲がってる気がする…等、細かい気になる部分に対してもワイヤー矯正でしたら調整して対応することができます。
マウスピース矯正の場合は、治療開始前にオーダーメイドで全てのマウスピースを作成してしまうので、この場合も、治療終盤の細かい微調整はブラケットとワイヤーを装着して治療することがあります。
- 費用を抑えられる
ワイヤー矯正は、矯正治療の最もベーシックな治療法ですので費用も最も安いです。マウスピース矯正治療費の平均が80〜100万近いのに対し、ワイヤー矯正は平均が60〜80万円ほどですのでかなり費用を抑えることができます。
- 期間を短縮できる
期間に関しても、短いことが多いです。ワイヤー矯正でも、表側と裏側で比較すると表側の方が期間を短縮することができます。裏側のワイヤー矯正は、歯科医の調整技術の難易度が格段に上がり、特にガタガタがかなり強い歯並びや、表側でも治療が難しい歯並びはより難易度が高くなります。
ワイヤーを歯の表側と裏側で装着するのではかける力も違うため、歯の動きも全く異なります。そのため、歯科医がその歯の動きを熟知していないと治療期間が長くなってしまう場合があります。
ワイヤー矯正のデメリット
- 目立ちやすい
これは、一番患者さんが気にされるデメリットです。裏側矯正やマウスピース矯正が普及し始めたのも、ワイヤーが目立つことで矯正治療に踏み切れない患者さんが多いためです。
- 取り外しできない
この部分に関しては、メリットでもありデメリットでもあるといえます。取り外しができない、ということは固定式ですのでご自身が装着時間等を管理する必要がないということです。24時間何もしなくても自然と矯正力がかかり続けますのでその部分はメリットではあります。
しかし、取り外しができない分、食事や歯磨きがしにくくなるので口腔衛生に関しては不潔になりやすいです。食べ物が装置に引っかかったり、硬いものを噛んだ時に装置が外れてしまうトラブルもよく起こります。
- 歯磨きがしにくい
装置の取り外しができないため、歯磨きがしにくいのが大きなデメリットです。特に、装置の周りの細かい部分は普通の歯ブラシでは毛先が全く当たっておらず、気づいた時には虫歯や歯周病が進行してしまっている場合があります。
また、デンタルフロスも通すのに難易度が上がりだんだんと使用しなくなる患者さんも多いです。矯正治療期間中は、特にプラークが残りやすいので、日々のブラッシングケアが非常に重要です。
装置の周りのブラッシングにおすすめなのが「タフトブラシ」といって、歯ブラシの毛先の部分がかなり小さいタイプの歯ブラシです。細かい部分にピンポイントで当てることができるので、矯正治療期間中にはタフトブラシの併用もおすすめです。
- 違和感が出やすい
矯正装置を装着した直後は誰もが違和感を感じやすく、これをつけたまま何年も治療をすることができるのだろうか…と不安になる方も多いです。さらに、調整後は痛みを感じやすく、装置の違和感と相まって非常に苦痛に感じる方も多いです。
しかし、不思議なことに2週間もすれば違和感も痛みも慣れてくるので、矯正が終わる頃には装置が付いていない方が違和感と感じるほどです。最初は辛いですが、慣れてしまえばデメリットとは感じません。
- 装置が外れてしまうことがある
基本的にワイヤー矯正は、治療が終わるまでは簡単に外れないように最初にセメントでしっかりと固定します。しかし、矯正治療中に噛み合わせが変化していく段階や、硬いものや粘着性の強いものなどを噛むと装置が外れてしまう場合があります。
装置が外れたままの状態をそのままにすると、その部分だけ後戻りしてしまうので、早めに歯科医院を受診して付け直ししてもらわなければなりません。忙しい、面倒くさいという理由で、後回しにしてしまうと、後戻りした分をリカバーするのに時間をかなり要する場合があります。治療期間を延長させないためにも、外れたらすぐに歯科医院を受診しなければならない、という手間があるのはデメリットかもしれません。
メリット・デメリットを踏まえたうえで選択を
ワイヤー矯正にはメリットもデメリットもたくさんあります。歯科医院によっては、デメリットをあまり説明せずに治療を開始してしまう場合がありますので患者さんは治療が始まった後に「こんなの聞いてない!」と後悔することの無いように、治療開始前にメリットもデメリットも把握しておくことが非常に大切です。
ワイヤー矯正は、“目立ちやすい”部分を除いては良い治療法ではないかと思います。日々のブラッシングを行い、口腔衛生管理を徹底すれば理想的な歯並びを手に入れやすいです。最終的な微調整もワイヤー矯正だからこそできることですので、マスク時代であれば目立つ装置を選択してもいいのかもしれません。
コロナ禍に入り矯正治療を希望する患者さんが増えています。マスクで口元が見えないからこそ今まで抵抗のあったワイヤー矯正に踏み出すチャンスなのかもしれません。